2003年度の慶應義塾大学法学部の小論文では、「臓器移植」と「公共性」という社会的・倫理的テーマが出題されました。個人の生命の尊厳と社会全体の利益が交錯するこの問題では、法的観点だけでなく、倫理・公共哲学の視点も求められます。本記事では、過去問の背景を踏まえつつ、合格レベルの解答例とともに、論の立て方・構成・考察のポイントをわかりやすく解説します。
【2003年度 慶應法学部 小論文】臓器移植と公共性の問題ポイント
1. 出題の背景と意図

2003年度の慶應義塾大学法学部の小論文は、「臓器移植」を題材に「公共性」をどう捉えるかを問いました。臓器移植は、個人の身体的自己決定(生命・尊厳)と、他者の生命を救う公共的利益の衝突を生む典型的事例です。1997年の臓器移植法施行以降、日本での脳死・移植に関する議論は継続しており、法的・倫理的な合意形成のあり方が問題となっています。
2. 問題設定のポイント(要旨)

- 臓器移植は「個人の尊厳」と「社会全体の利益」が交錯するテーマである。
- 「公共性」を単に多数の利益とする解釈は不十分で、個人の権利や倫理的配慮を含む概念として再定義する必要がある。
- 慶應の出題意図は、法学的思考(正当化の根拠、国家介入の範囲)と倫理的判断(個人の尊重と社会的信頼の両立)を論理的に展開できるかを問う点にある。
3. 論の立て方(論理の流れ)

- 序論(問題提起)
臓器移植の二面性(他者救命の公共性 vs 個人の身体性)を提示し、公共性という問いを導入する。 - 本論①(対立構造の整理)
賛成側(救命・公共利益の最大化)と反対側(自己決定・尊厳の保護)の主張を明確に整理する。 - 本論②(立場提示と論証)
公共性は「多様な価値を尊重しつつ共存するための仕組み」であると位置づけ、具体的制度設計(生前意思表示、透明性、第三者監視など)を論じる。 - 結論
個人尊厳と社会的連帯の両立を目指す公共性の再定義を示し、合意形成の重要性を強調する。
4. 構成例(文字配分目安)

| 段落 | 内容 | 文字数目安 |
|---|---|---|
| 序論 | 臓器移植問題の提示と「公共性」を問う導入。 | 約150字 |
| 本論① | 賛否両論の整理(全体利益 vs 個人の尊厳)。 | 約250字 |
| 本論② | 自らの立場(公共性=多様性の共存)と具体提案(意思表示、手続き透明化など)。 | 約250字 |
| 結論 | 公共性の再定義と今後の方向性(対話と合意形成の必要性)。 | 約150字 |
5. 採点で評価されやすい考察ポイント
- 概念の明確化:「公共性」を単なる多数決や全体利益に還元せず、法学的・倫理的要素を組み込んで定義する。
- 対立の整理:賛成・反対双方の論点(救命の合理性、自己決定、宗教的・文化的配慮)を公平に整理する。
- 両立可能性の提示:二項対立を放置せず、具体的な制度・運用(生前意思表示の制度化、透明な手続き、情報公開、教育・啓発)を示す。
- 法的正当化の視点:国家や法が介入する根拠(公衆衛生、公共福祉)と個人権利の制限が許される条件を簡潔に論じる。
- 具体例・比較の活用:他国の制度例や国内の議論を簡潔に参照すると説得力が増す(ただし過度に詳述しない)。
・序論で問題意識を明確に提示すること。読み手(採点者)に「この論点を追う」と伝える。
・本論は「整理→評価→提案」の順で組み立て、論の筋を明快に保つ。
・結論は主張の要約ではなく、議論から導かれる実践的な結論(制度や姿勢)を示す。
6. 総括(短いまとめ)
慶應法学部のこの問題は、臓器移植を契機として「公共性」という法社会的概念を再考させる意図があります。合格答案は、単なる賛否の表明に終わらず、公共性を「個人の尊厳と社会的連帯を両立させる枠組み」として再定義し、具体的な制度的工夫を提案できるものです。
【ある人の例】臓器移植・公共性の問題(慶應法2003)の小論文
臓器移植という行為は、個人の身体を越えた医療行為であり、臓器提供者と受容者の境界を解体し、再構築する特徴を持つ。このプロセスは、医療機関という第三者の介入によって支えられている。こうした医療化された社会においては、個人の身体の境界が曖昧になり、死や「壊すこと」と「殺すこと」の違いすらも見えにくくなっている。
フーコーが指摘したように、権力はかつて「死を与える」ことで機能していたが、現代では「生を管理する」形へと変容し、死は次第に権力の管理から排除されつつある。その結果、身体の象徴的意味は薄れ、「わたし」の身体は無名の公共性に委ねられつつあるのが現状である。
私は、この身体の公共化は避けられないと考える。臓器移植における個人の意思を尊重することは重要だが、公共機関がその利用と分配を管理しなければ、臓器の商業化や不平等が進む可能性が高い。特権階級や富裕層のみが臓器提供を受けられる社会は、公平性を欠いたものとなるだろう。したがって、医療技術が発展した現代において、身体に関わる問題が公共性に委ねられるのはやむを得ない。
しかし、公共性と個人の対立はこの問題に限らない。たとえば、沖縄の米軍基地問題では、日本全体の平和を保つために基地の存在が必要とされる一方で、地元住民は航空機事故や騒音に苦しんでいる。このように、公共性の実現が個人の犠牲を伴う場合、その悪影響を完全になくすことは難しいが、最小限に抑える努力が求められる。具体的には、住民への補償や支援策を充実させることで、個人の利益に歩み寄る姿勢を示すべきだ。
公共性は社会全体の利益を追求する上で重要な役割を果たすが、個人との対立を避けるためには、柔軟で共感的なアプローチが必要である。こうした姿勢こそが、公共性の本来の意義を全うする方法であると考える。
【発想・着眼点】公共性の問題についての新たな視点
・「公共の福祉」を前提とした「当事者意識」という視点。Aさんが今回例示した米軍基地問題の件もそうですね。自分の立場とは、反対の立場にある人になってみる、想像してみる「当事者意識」が大事ですね、今回の記述にも、「公共の福祉」「当事者意識」といった文言があるとよかったと思います。「公共の福祉」「当事者意識」という視点を挙げたのも、慶應法は、繰り返しなりますが、どこまで「基本的人権」の範囲が及ぶのかという受験生の見解を示させる課題が多いような気がします。
※「公共の福祉」…ざっくりいえば、社会全体の共通の利益。ほかの人の人権との衝突を調整するための原理。
・国民の臓器提供の意思表示が低い段階(臓器提供意思表示カード自体の存在または存在医を知らない人も多い状況)で、公共性は担保されるのかという視点。つまり、イニシアチブ(主導権)を特定の人達・機関に委ねてしまうことになりかねないという問題意識。「公共の福祉」の濫用につながりかねない。
「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。」
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