2019年度の慶應義塾大学法学部小論文では、「国際人権」に関する課題文を読み、筆者の主張を整理したうえで自身の意見を具体例を交えて論じる形式が問われました。受験生にとっては、国際社会における人権問題、文化的・歴史的背景から日本の対応姿勢を捉える力が試される非常に示唆に富んだテーマです。この記事では、まず出題の趣旨を整理し、解答例を通じて「要約部分」「論じる部分」の構成ポイントを丁寧に解説します。論述力を磨きたい法学部志望の方はぜひご覧ください。
2019年度慶應(法)小論文「国際人権」出題の趣旨の整理・ポイント
本ページは、2019年度慶應義塾大学法学部小論文(テーマ「国際人権」)を前提に、出題趣旨の整理と「要約部分」「論じる部分」それぞれで高評価を得るための構成ポイントをまとめた実践ガイドです。入試本番での実践を想定して作成しています。
1. 出題の趣旨(整理)

本問題の出題形式は、課題文の読解→要約(指定字数)→その後に筆者の議論を踏まえて自分の考えを述べる二部構成が典型です。テーマは「国際人権」であり、受験生には以下の能力が問われます。
- 課題文の主張・論点を正確に読み取り、簡潔に整理して要約する力。
- 筆者の主張を踏まえつつ、自分の立場を具体例と論理で裏付けて展開する力。
- 法学的/国際社会的観点(制度、文化、国家間関係など)で問題を捉える思考力。
一言で整理すると:「国際人権というグローバルな価値を巡る議論を読み取り、日本の立場や課題を自分なりに評価・提案できるか」を問う出題です。
2. 要約部分(約400字想定) — 構成ポイント

(A)全体の設計
- 序論:課題文のテーマを一文で提示(何について論じているか)。
- 本文:筆者の主要論点(原因、特徴、問題点、具体的事例など)を整理して列挙。
- 結論:筆者が導いている結論・主張を簡潔に示す。
(B)表現上の注意点
- 必ず「筆者が○○と主張している」と明示して〈筆者の議論〉であることを区別する。
- 自分の評価・新たな議論は入れない(要約は客観的に)。
- 冗長を避け1文を短めに。因果関係は「〜だから」「〜ために」等で簡潔に示す。
- 複数の論点は「第一に、第二に…」などで整理すると読みやすい。
(C)模範的な段落例(骨子)
例:「筆者は、国際社会における人権問題の重要性を提示した上で、日本が歴史的・文化的背景から欧米型の人権運動とは異なる対応を取ってきた点を指摘する。具体的には(①制度面の未整備、②文化的配慮と調和志向、③国際的圧力との摩擦)を挙げ、最終的に日本は独自の立場から国際人権に貢献する可能性があると結論づけている。」
3. 論じる部分(600字前後想定) — 構成ポイント

(A)全体の設計
- 導入(1段落):要約を踏まえて自分の立場(結論)を提示する。
- 具体例提示(1〜2段落):自説を支える具体例を示す(国内外の条約、判例、政策、社会事例など)。
- 分析・比較(1段落):筆者の議論との比較や不足点の指摘、別の視点の提示。
- 解決策・展望(1段落):実現可能な提言や今後の方向性を述べる。
- 結論(1段落):冒頭の主張を再提示して締める。
(B)書き方のポイント
- 具体例を用いる:抽象論だけでなく「例えば〜」で実例を示すこと(説得力が大幅に向上)。
- 筆者との関係を明示:「筆者は〜と述べるが、私は…」という対比構文を活用する。
- 改善提案を提示:制度改正や国際協力の方法、教育や文化的対話など具体的な手段に触れると評価が高い。
- 法学的視座を忘れない:条約批准、国内法の整合性、国際法上の責務と主権の関係などを適宜取り入れる。
(C)模範的な論述の骨子(要旨)
導入:「筆者の指摘を踏まえ、私は『文化的配慮と国際基準の両立』を重視すべきだと考える。」
具体例:「例えば、特定の人権条項の不批准や運用面の課題は、国内法整備と市民教育を通じて改善可能である。国際的協力の場では、対話と柔軟な実施計画が有効だ。」
提言:「したがって、日本は法整備と市民理解の促進を並行しつつ、国際舞台での協力枠組みを積極的に構築すべきである。」
4. まとめ — 実戦で意識すべきこと

- 要約部分は「筆者の議論のみ」を正確かつ簡潔に伝えること。自分の評価は入れない。
- 論じる部分では「明確な立場」「具体例」「改善提案」の三点を揃えることが重要。
- 字数配分(例:要約約400字+論述約600字)を想定して時間配分を行う。
- 法学的な視点(制度・条約・国際法)と、現実の事例(政策・社会事象)をバランスよく用いると深さが出る。
【ある人の例】国際人権(慶應法2019)解答例
現代の国際社会では、人権問題への対応が各国の外交政策において重要な役割を果たしている。特に日本は、欧米諸国や途上国とは異なる独自のアプローチを取ってきた。この特徴には5つの側面が見られる。1つ目は、法的な枠組みに基づいて行動する発想が欧米諸国に比べて弱い点である。これは、国内外の人権問題においても、法制度よりも調和を重視する文化的背景が影響している。2つ目は、積極的に価値観を発信することへの抵抗感が強い点である。特に、戦後の歴史的背景や対外的な慎重さがこれに影響を与えていると考えられる。3つ目は、日本社会における調和優先的な文化である。これは、対立を避け、共存を重んじる価値観が国際的な対応にも反映されていることを示している。4つ目は、国際社会で政治的役割を果たすことが、過去にタブー視されてきた点である。5つ目は、戦争責任という未解決の制約が依然として影響を及ぼしていることである。
これらの要因により、日本は国際人権問題に対して、欧米や途上国の主張を足して二で割るような現状追随的な態度を取る傾向が強い。この姿勢は、諸外国から批判の対象となる一方で、その場その場で柔軟に対応することを可能にしてきた。また、欧米諸国が人権問題に対してしばしば宣教主義的、独善的な発想に陥る中で、日本は比較的そのような独善とは距離を保っている。したがって、日本は欧米型の人権活動を是正・補完し、文際的正統性を持つ国際人権政策を形成する基盤となり得る可能性を秘めている。
具体的な例として、2022年のサッカーワールドカップ・カタール大会における問題が挙げられる。カタールはイスラム教を国教とする国家であり、伝統的に女性の権利が制限されてきた。この事実に対し、欧米諸国のナショナルチームは試合前に抗議のパフォーマンスを行い、ジェンダー平等を訴える腕章を着用した。この行動は、欧米諸国から称賛される一方で、カタール国内外で「スポーツに政治を持ち込むべきではない」とする批判も多く寄せられた。一方で、日本は政治的主張を一切行わず、カタールの文化や価値観に対する尊重を示した。この対応は、日本の国際問題に対する非独善的な姿勢をよく表しているといえる。
確かに、中国のウイグル問題など、国際社会から日本の対応が消極的であると批判される場面もある。しかし、日本の慎重なアプローチは、過剰な介入がかえって国際的な対立を深めるリスクを回避する意図があると考えられる。また、カタールW杯の例に代表されるような欧米とは一線を画す姿勢は、欧米主導の人権活動に対して新たな視点を提供し得る。
以上のような日本の特性を踏まえると、アジアから唯一のG7加盟国である日本は、現状の人権活動を是正・補完し、文際的正統性を備えた新たな国際人権政策の基盤を築くことが可能であると考える。特に、調和を重視する非独善的なアプローチは、国際社会における対立を和らげ、新たな共通基盤を構築する上で重要な役割を果たすだろう。日本だからこそ成し得るこの役割に、より一層の期待を寄せたい。
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